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天璋院篤姫<てんしょういんあつひめ>(1835~1883)生誕の地

動乱の幕末、第13代将軍家定に嫁いで、1年7ヶ月後には23歳で未亡人となりながら、その後の生涯を大奥で徳川家の救済に尽くす。天璋院は、1835 年、今和泉家島津忠剛の長女として生まれた。生まれたとき一子(かつこ)と命名された。
幼育係は、長兄忠冬と同じ人で、兄と比べて、その利発な成長を喜び、父忠剛は『一子が男であればなぁ』と憚らなかったという。5歳の頃、兄たちと今和泉の浜辺で遊んでいた時、漁師とのすれ違いから兄忠冬が危ないと判断 して、相手に石を投げつけるという事件が起こった。幼育係は恐れながら報告したところ、父忠剛は、相手に立ち向かわなかった兄達を嘆いたという。
風光明媚な土地柄は、おおらかで繊細な人間を育てると言われるが、まさに天璋院のパーソナリティは今和泉の浜辺が育んだものではないだろうか。
1853年(嘉永6 年)18歳の時、薩摩藩主島津斉彬の実子として幕府に届けられ、名を篤姫と改めた。同年鹿児島を出立して江戸へ向かう。1856年(安政3年)2月、第 13代将軍徳川家定の御台所(夫人)に迎えられることが決定。7月に近衛忠熙の養女となり、名を篤君(あつぎみ)・敬子(すみこ)と改める。同年12月 11日に結納した。18日に婚礼したが、1858年(安政5年)7月に家定が死去。敬子は落飾して天璋院と号することになった。 明治16年(15 年)11月20日、48才でご逝去

アクセス:指宿海上ホテルからR226号線を鹿児島市方面へ15分、今和泉交番右折。JR薩摩今泉駅下車、徒歩10分。

もっと詳しく知りたい方はこちらをどうぞ【指宿市観光協会・篤姫特集】
http://www.ibusuki.or.jp/atsuhime/top/index.php
指宿海上ホテル
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